いしくるリリース記念座談会
在宅医療機関に関する意識調査結果をもとに在宅医療関係者の皆様で座談会を開催
いしくるは2015年7月、東京・神奈川の居宅介護支援事業所約6,000カ所のケアマネジャーを対象に、在宅医療機関に関する意識調査を実施しました。この調査で明らかになった在宅医療の実際について、在宅医療に携わる専門家の方々をお招きして座談会を開催しました。今回はその様子をレポートします。

猪飼大氏(左) 高岡里佳氏(右)
アンケート結果からみえてきたものは「情報の不足」
「アンケートの結果を見てどのように思いますか?」(いしくる編集部)
「在宅医療の利用者率が15%というのは非常に高い方ではないでしょうか?一昔前だとその半分以下の感覚です。東京神奈川を中心に在宅医療開業のお手伝いをしていますが、普及している地域とそうでないところの差は大きいと思います。」(猪飼氏)
「私も高いなと感じました。東京都の中でも在宅医療が普及している地域では、ケアマネの在宅医療に対する意識や理解度が高いため、利用率も高い傾向にあるのではないでしょうか。地域によっては看取りの実績が多い地域もあれば、自宅での看取りを経験したことが在宅医療の現場でもほとんどないという地域もあります。区市町村によって地域差が出ている傾向にあるようです。」(高岡氏)
「在宅医療の認知度が上がれば、もっとポテンシャルはあると感じています。私のクリニック(悠翔会)では地域の多職種連携の取り組みに力を入れていますが、まだ上がる余地はあります。」(佐々木氏)
「同感です。中野から横浜の睦町に来たときも、在宅医療の認知度が全然違った。5年かけてスタッフと地域の多職種の方々と連携してやっとここまで理解が進んできたと感じる」(朝比奈氏)
アンケート結果からみえてきたものは「情報の不足」でした。アンケートに回答した事業所を利用する患者さんの約15%が在宅医療を受けている中で、ケアマネジャーが患者さんに案内できる在宅医療機関は平均2.9件。7割のケアマネジャーが「患者さんに案内できる在宅医療機関は3件以下」と回答しました。東京・神奈川地域の機能強化型在宅療養支援診療所は800件以上あります。在宅医療を検討する患者さんの選択肢を増やすためには、ケアマネジャーや患者のご家族がこれらの医療機関の情報にアクセスできる仕組みが求められていると言えるでしょう。

富永文彦氏(左) 村瀬恵子氏(中央) 佐々木淳氏(右)
座談会では、「在宅医療に対する情報の不足」について徹底的に議論
「8割以上のケアマネが在宅医療の情報が不足していると回答しています。紹介できるクリニックも3件未満。実態はどうなのでしょうか?」(いしくる編集部)
「私は地域包括での仕事が長いですが、在宅医療クリニックの情報は少ないと思います。顔が見えて名前で呼び合える関係をケアマネは求めているのですが、そうした関係性を築ける医師と知り合える機会は非常に限られています。ケアマネと医師が顔を合わせる機会も豊富にあるわけではないのが実情ですね。」(富永氏)
「「医師会主催の勉強会等に参加しているケアマネは、非常に意識の高い一握りのケアマネです。ただし、多くのケアマネは参加したくても時間的余裕がなく、夜の開催が多い勉強会にはなかなか出席できないという声もあります。在宅医療の情報は、基本的に探す手段が少ないうえに情報収集する時間も限られるので、地元の在宅医療クリニックに相談するよりは、遠方でも在宅医療専門でやっているクリニックを利用してしまうことも多いようです。」(高岡氏)
「ケアマネが紹介するクリニックは固定しがち。利用者(患者)にとって必要なサービスを提供できるかという視点よりも、知っている医師かどうかで決めている傾向にありるようです。」(猪飼氏)
「医師と知り合う機会は日々の業務の中で積極的に作っていく必要があります。私が勤めている病院では、退院時共同指導やサービス担当者会議などに病院の医師も積極的に出るように働きかけています。在宅医療クリニックの医師の方々にもできる限り参加いただきたいです。現状では、なかなか実現できていません。」(村瀬氏)
「村瀬様の言うようにサービス担当者会議に在宅医療の医師が出席することで、在宅医療の啓蒙にもつながるので悠翔会は必ず医師が出るようにしています。病院サイドやケアマネに理解いただくことで、次の患者さんの連携がスムーズになるなどメリットが大きいと感じています。」(佐々木氏)
「私もサービス担当者会議には必ず出席すべきだと思う。ただ在宅の医師はスケジュールも過密で緊急往診が入ったり急に申し込みが増えたりすると時間がすぐになくなってしまいがち。個人でやっているクリニックだとなかなか厳しいという実情もある」(朝比奈氏)
「情報不足は医師だけの責任ではない。ケアマネの関心度や問題意識にも差がある。ケアマネと言っても包括もあれば個人の事業所までさまざまですから、多職種での啓蒙活動が必要と感じる」(富永氏)
座談会では、こうした情報不足について活発な意見交換が行われました。いま多くのクリニックが自身の紹介を兼ねてケアマネジャーに向けた勉強会を開催していますが、子育てや家事の関係で勉強会に参加できる人は少ないとのことです。在宅医療機関を紹介する際の決め手として参考になるのは”実績”という意見で座談会メンバーの皆さんの意見は一致。「緊急往診にきてくれない」「患者さんから医師の変更を求められた」など、利用した後に問題に直面することも少なくないためです。こうした体験を補完するものとして「専門医の有無」「緊急往診実績」「看取り実績」「医師が連携している医療機関の実績」といった情報が求められているという意見が出されました。

朝比奈完氏(左) 高岡里佳氏(中央) 佐々木淳氏(右)
在宅医療に何を期待するかまず明確にすべき
「情報不足に対しての打ち手はあるのでしょうか?」(いしくる編集部)
「地域によって在宅医療の理解や普及レベルは大きく異なります。地域ごとの現状を踏まえて、その地域に必要な情報を多職種で認識合わせすることも必要ではないでしょうか。」(高岡氏)
「情報不足だけでなく、そもそも在宅医療への期待値を明確にしておくことも必要です。患者も家族もケアマネも何を在宅医療で求めるか言語化するのが先決。そのう上で、医師がどのような対応ができるか、さらに対応できないことは何か、まで言えるようになることが大事です。」(朝比奈氏)
「クリニックの選択基準だけでなく、選択するタイミングも大事。抗がん剤からの早期移行の必要性の観点などからも、在宅移行の準備を早めた方が良いケースもあります。何も知らずに病院で治療を受けて、最期は在宅で大事な時間を過ごしたいと思っても、手遅れになってしまうことも多い。」(佐々木氏)
「そこは病院側も勉強が必要な部分ですね。退院後どうなったか病院の医師は知る機会がない。病院側の在宅医療理解はまだこれからだと思います。在宅医療の現場を学ぶ機会を増やせるといいと思います。」(村瀬氏)
「看取りや緊急往診の実績から選べる選択基準のようなものがあるとよいのでしょうか?」
「それはケアマネにとっては有効かも知れないですね。ケアマネの理解度も様々ですから。ただ一口に看取りの実績と言っても、がん患者の看取りが多いクリニックとそうでないところとでは数字の意味合いも異なりますから、そうした前提知識から啓蒙が必要だと思います。」(高岡氏)
「在宅医療クリニックを変更する理由、第一位は”医師の誠実さ”、続いて”緊急往診対応してくれない”でした」(いしくる編集部)
「医師の誠実さが原因で担当変更とありますが、医師だけの問題ではないですよ。相互のコミュニケーションの結果ですから。ケアマネだって担当変更させられることはあります。」(富永氏)
「病院と在宅医療の現場は全然違う。病院勤務から在宅医療に来た医師にとっては発想の転換が必要。チームで取り組む医療と心得るべし」(朝比奈氏)
「介護職もそうですけど、高齢者医療といいますか、在宅医療って対人援助職としてのスキルが求められると思いませんか。」(高岡氏)
「おっしゃるとおりですね。医師としての技術だけでなく、対人援助の視点は重視すべきだと思います。悠翔会ではアンケートを取って医師にフィードバックしています。同じ医師でも高い評価と低い評価が付くこともあります。人である以上相性もありますから完璧を求めることはできませんが、多職種や患者の家族、ストーリーと自然と交わる職場であることを心底理解する必要があります。」(佐々木)
さらに参加者からは、情報不足は在宅医療における様々な現場にも存在している現状が示されました。特に退院後の患者さんが在宅医療を選択する際に、病院の医師・ケアマネジャー・在宅医療を担当する医師や看護師間で、情報の連携がとれていない現状が課題となっているようです。「情報が伝わっていない」だけでなく、「接点がない」「共通言語がない」という問題も指摘されました。国が推進する在宅医療を実現するためには、医療スタッフだけでなくメディカルソーシャルワーカーや患者のご家族も一緒になり、病院から在宅看護に移行後も途切れることなく患者さんの情報を共有し、信頼関係を構築していく場の大切さが議論されました。

村瀬恵子氏(左) 猪飼大氏(中央) 朝比奈完氏(右)
「これからの在宅医療に必要な事は何でしょうか?」(いしくる編集部)
「医師にもケアマネにも、在宅医療に関わる全ての職種には対人援助職としてのスキルが求められているのではないでしょうか。こうしたスキルを磨く場が必要だと思います。」(高岡氏)
「医療介護連携は、ご利用されている患者様の情報が共有されれば自然と進むのではないかと思っています。介護従事者からの情報を活用できれば在宅医療はもっと楽になっていくと信じています。」(朝比奈氏)
2025年には団塊の世代が75歳以上となり、ますます超高齢化が進みます。病院・介護施設・自宅を活用し、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができる「地域包括ケアシステム」実現のために、在宅医療が果たす役割と課題は大きいと言えるでしょう。今回の座談会では、在宅医療が抱える「情報不足」の課題が明らかになりました。患者はもちろん、それを取り巻く医療スタッフのために、いしくるは「情報」の側面から在宅医療を支えていきます。

■朝比奈完氏
日本在宅医療学会 評議員
医療法人社団鴻鵠会 睦町クリニック院長
東京医科大学卒業。東京女子医科大学 第2外科を経て医学博士号取得
社会福祉法人 久我山病院出向(副院長)
医療法人社団 鴻鵠会 中野サンブライトクリニック 院長
2008年より医療法人社団 鴻鵠会 睦町クリニックにて在宅医療に携わる
■佐々木淳氏
医療法人社団悠翔会 在宅医療部本部 理事長・診療部長
筑波大学医学専門学群、東京大学大学院博士課程。
三井記念病院、医療法人社団 哲仁会 井口病院副院長等を経て、
24時間対応の在宅総合診療を提供する医療法人社団 悠翔会を設立。
2015年現在、常勤医26名体制で2,500名の患者に在宅医療を提供。
多職種での定期勉強会グループ、在宅医療カレッジも毎月開催。
著書「家族のための在宅医療実践ガイドブック」等
■村瀬恵子氏
医療法人社団昌医会 事務局 地域連携課 医療福祉連携士 課長
ベイエリア連携の会 世話役
■高岡里佳氏
東京都介護支援専門員研究協議会(CMAT) 副理事長
医療法人財団緑秀会
田無病院医療福祉連携部 部長 主任ケアマネジャー
著書「医療から逃げない!ケアマネジャーのための医療連携Q&A(入門)」
■富永文彦氏
社会福祉法人東京栄和会 ともづな新浦安
浦安市新浦安駅前地域包括支援センター
主任ケアマネジャー
千代田区、江戸川区にて地域包括の立ち上げに従事。
■猪飼大氏
在宅医療開業コンサルティング 株式会社DHM(ディーム)代表取締役
病院再生コンサルティング、在宅医療クリニックの事務長を経て、
2010年に株式会社DHM(ディーム)を設立。
現在は在宅医療に携わる医師向けの開業・運営支援に従事。
多職種連携ネットワークの医介塾を主宰。